週刊ウンチク119「門前町 泣き砂物語」ホリカワ 花野美貴雄さん

◆門前町 泣き砂物語
重蔵は、一目千両の遊女、おさよに会いたくなる。むかし、輪島に重蔵という船乗のりがいました。重蔵は大きな舟を自分の手で作ってみたいという夢をもっていました。
だから、お金をためながら、ひまさえあれば船大工の勉強をしていました。

ある日、重蔵はある港につきました。その港には、金持ちばかりを客に持つ一目千両といわれる美しい遊女がいました。
重蔵はどういうわけかその遊女に一目会いたいと、今までためたお金を出しました。
「おれは貧しい船のりだ。これだけのお金しかないが、一目おまえにあいたかった。」
という重蔵の言葉におさよという女は言いました。
「今までたくさんの人とあったけれど、あなたほど心のこもった人はありません。」

二人は酒を飲みながら語り合いました。おさよは輪島からすこしはなれた剣地の浦土村の生まれでした。酒によったおさよが唄いました。
山の奥山の一軒家でも
竹の柱に萱の屋根
茶碗で米磨ぐ所帯でも
手に鍋さげても厭やせぬ

重蔵は涙をうかべて唄うおさよをいじらしく、いとおしく思いました。

それから半年ばかりたったある日、重蔵はおさよに北の海へいくことをいいました
「この仕事で船のりをやめる。かえったら夫婦になろう。そして、船大工になろう。三ヵ月もたったらかえってくる。長くて半年もかかるまい。なあ、まってくれるな。」
それから、おさよは重蔵の言葉をしんじて重蔵のかえりをまちました。
しかし、三ヵ月たっても重蔵はかえってきません。おさよは重蔵を慕うあまり病気になってしまい、ふるさとの剣地の浦土村にかえされました。

おさよは重蔵を思う余り、あらぶる冬の荒波へそんなある吹雪の夜、ゴーゴーという海鳴りをきいたおさよは一心に浜めがけて走り出しました。おさよにはその海鳴りの音が重蔵のよび声にきこえたのです。

浜にでたおさよは沖を見つめていました。と、とつぜん、おさよがさけびました。
「船が、船がみえる。重蔵さんの船がみえる。」
それは重蔵を思うおさよにだけみえるものでした。そのひとつ岩にたちつくすおさよの姿は村の人々にとっても、あわれなものでした。
そして数日後、ひとつ岩にたつおさよは冬の荒波にのまれて死んでしまいました。

春が来ても重蔵はかえってきませんでした。
そして、ある日、浜であそぶ子どもたちが大さわぎをしています。
「砂が、砂が泣いているようだ。ほら、歩くと、キュッキュッと泣いているだろう。」
そこはおさよがたっていたひとつ岩のあたりでした。村の人々はいいました。
「おさよさんが重蔵さん恋しさに泣いているんだろう。」

それから不思議なことが起こるようになりました。沖をとおる船がひとつ岩の目前にくると、急に動かなくなったり、速度が遅くなったりするようになりました。
「おさよさんが重蔵さんの船だと思ってとがめるのかもしれん。あわれなことだ。」
村の人々は浦土町の海のよくみえる山におさよの祠(ほこら)をたててやりました。

ところが、やっぱり沖をとおる船は動かなくなるんです。
「おさよさんはほんに重蔵さん思いだ。あの祠から船はまるみえだし、まだまだ、重蔵さんを恋しく思っているんだろうよ。」
村の人々は考えて、祠を船のみえない場所にうつしました。

それからは、沖をとおる船は動くようになりましたが、浜を歩くとキュッキュッとなる声だけはやみませんでした。今でも剣地の琴が浜は泣き砂の浜と言われています。

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