■“瓢箪から駒を出す、発想の転換が道を拓く …プルン(金沢市/シェービングエステ専門店)
これまで女性と床屋の接点は、一生に一度の結婚式で花嫁衣装を着るために顔と襟足、背中のうぶ毛を剃る時が一般的。そんな女性たちにシェービングの気持ち良さを知ってもらうことで、新たなビジネスが展開できるのではないかと思い立った下道一朗社長は、2001年、満を持して女性向けシェービングエステを売りにした新しい業態店「Pu.run(プルン)」 を開業。北陸初の取り組みで成功を収めたユニークな発想に迫る。
■床屋からシェービングエステ専門店へ
下道一朗社長金沢市内で床屋を営む父親の背中を見て育った下道氏は、高校時代から家業を継ぐ意志を固め、その後理容専門学校へ通い、卒業後、他店での修業を経て、父親と一緒に仕事を始めた。ところが、その頃から大人のカットが1,000円~1,500円という破格の安値の理容チェーン店が金沢市内にもできるようになり、その影響を受け徐々に売上が落ち始める。「小遣いをもらっている子供たちや年金生活をしているお年寄りがだんだん安い店へ行くようになってきた現実を目の当たりにし、このまま続けていたら親父の足を引っ張るだけだと思うようになった」と述懐する。「何とか活路を見い出せないかと思いを巡らす日々が続いたが、ある時、自分が修業していた店でも親父の店でも、月に数人程度の女性が顔剃りに来店していたことに気づく。確かに市場としては大変小さいものの、女性専用の商品と空間を提供すれば、必ず市場は確立し拡大する。さらに、価格競争に巻き込まれず、自分で適正な料金を決められる女性の顔剃り専門店はおもしろいかもしれないと思った」と、経緯を語る。
●顔剃りプラスαの発想がビジネスチャンスを拡大
女性客が顔剃りに床屋に来るのは、結婚式などで化粧ののりを良くするためで、これは昔からあることだが、さらに最近では背中や胸元が大きく開いたドレスを着る女性が増えたことで、式場の担当者から床屋で背中の産毛を剃ってくるよう促される。そうしたニーズも一緒に手がけることを考えた。とはいえ、ただ、単に顔や背中を剃るだけでは顧客満足度を与えることができないと考え、CIDESCOインターナショナルエステティシャン(世界31カ国で行われている世界に通用するエステティシャンをCIDESCOが認定する国際資格)の資格を有する講師と共に、シェービングとエステを融合させたプルン独自のエステシェービングメニューを確立。付加価値をプラスしたことが今日の成功に結びついた最大の要因であろう。
■女性に未知の分野を提供
プルン 店内まずはプルンのことを知ってもらう必要があることから、金沢市内に全戸配布されている週刊情報誌に毎回広告を出すことからスタートする。「最初のうちは、シェービングエステって何?という問い合わせの電話がほとんどだったが、実際に体験した20代の女性を中心に火が点き、3カ月目からは軌道に乗り始めた」と振り返る。これまで女性が知らなかった男性のひげ剃りの気持ち良さを女性に提供したことで一気にヒットしたわけだ。「分かりやすく言えば、昔はお父さんが仕事帰りに行っていた居酒屋が、和ダイニングと名を変え女性客で賑わっているように、男性の楽しみを女性が入りやすい形に変えたことで人気が出た」と下道氏は分析する。シェービングエステと同時に、女性が悩んでいる眉毛処理にも力を入れたことで、固定客がしっかりと育ってきている。背中美人になれる「背中シェービング」は、結婚式のためだけでなく、成人式などで着物を着る際や、肌の露出が多くなる夏の時期に予約が集中するとのこと。
●国家資格を持った女性理容師が施術
「当店には独自の育成プログラムがあり、入社した理容師免許を持った女性スタッフをマンツーマンで指導し、従業員がモデルとなって、シェービングのテクニックを徹底的にチェックし、その試験をパスした人にだけ現場に立ってもらっています。美容室等は歩合制が多く、お客様からの指名の数で手当がつきますが、ウチの場合は技術の試験をパスすることで手当が付き、お客様の肌に触れることができるのです」と、スタッフの技術レベルには絶対の自信を示す。国家資格を有し、さらに専門技術を持ったオール女性スタッフによる施術もプルンの人気の秘密でもある。
●進化するプルンのメニュー
プルン 店内顔と襟足のシェービングをする基本メニューであるフェイシャルシェービングからスタートしたプルン。今では5種類のシェービングメニュー、3種類のブライダルメニュー、背中エステ、まつ毛カール、まゆカット、ホワイトニングに代表されるフェイシャルエステメニューが5種類等々、充実したラインアップで女性たちに心地よい時間と爽快感を提供している。「常連のお客様は、日頃のストレスや疲れをしばし忘れるために、シェービングエステを受けながら気持ちよさそうに眠っておいでます」と顔を綻ばす。カミソリを肌に当てられながら眠れるということは、それだけ女性スタッフのシェービングテクニックが素晴らしい証拠であると同時に、スタッフにとっては理容師冥利に尽きる瞬間でもあろう。
●シェービングエステを核に新たなチャレンジ
オープンして5年半、県内にフランチャイズを含め3店舗を構える下道氏だが、新たな展開にも意欲的だ。「働くときには夢がないと頑張れない。プルンの経営を中心に、フランチャイズやプロデュースなど、このステージに関連する仕事を積極的に手がけていくと同時に、将来的にはシェービングエステそのものを国家資格制度にまで育てていくことが私の夢です」と業界の風雲児はさらに一歩も二歩も先を見据えている。
■インタビューを終えて
金沢市内に400軒あまりの理容店があるが、どちらかと言えば手堅い経営者が多い。そんな業界に風穴を開けたとでもいうか、既存の商いの視点を変えることで、新たなニッチ分野を開拓した好例といえる。