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お店ばたけ 週刊ウンチク
朝光の白山葱の先揃ふ 桜の園
山の手バイパスの付く前は、白山さんへお参りするには、旧の神主町を通って、鳥居をくぐり、下の参道から行ったものです。野町駅−加賀一の宮駅間は正月やお盆には臨時電車が増発され、一の宮駅は乗降客で賑った。破風造りの素敵な駅舎は屋根の色瓦も奇抜で、目をみはったものだった。
春は下からの参道は桜吹雪となり、その下を通りながらのお詣りは風情があった。花どきは高根舎の先輩たちもこの土堤で杯を交わし、句をひねった。
さて、第三の句碑はこの参道の右側、手水舎の向い側にある。
赤御影の二メートルの高さの角柱で
朝光の白山葱の先揃ふ 桜の園
昭和六十一年十月五日建立と刻され、その右側面には黒田桜の園の功績を記している。
明治丗六年七月金沢市に生まれる/本名尚夫/歯科医/昭和二年より作句水原秋桜子門下/燕巣顧問/俳人協会評議員/昭和五十二年勲五等双光旭日章を受く/昭和五十五年「三面鏡」により鏡花記念金沢市民文学賞/昭和五十七年石川テレビ賞を受く/句集「金沢新唱」「黒田桜の園集」その他油絵(日展)/水墨画をよくす/
色んな資料でしらべると、画は高光一也に習ったそうである。
日常、本職の歯科医をこなし、金沢市民文学賞を受けるほど勉強し、画は日展へ連続入選しているという。正に超人である。君たちはなにをかさだかなこと言っているのか−と桜の園は笑っている。
彼の句を下記する。
成人の日の白妙ぞ子の下着
飛魚や七つ全き七つ島
終着の能登の闇なり夜光虫
雛のため灯る明治のシャンデリア
氷見川の河港焦がすは鰤の漁火
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