★<週刊ウンチク>バックナンバー★ | ||||
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横綱・阿武松緑之介 江戸時代のお話です。能登、能都町の七海村に長吉という若者がおりました。 長吉は大きな体で、、力も強かったので、村の人々から、相撲取りになれとすすめられていました。 二十五才になった時、長吉は江戸の武隈関という親方に入門することになりました。 村の人々もよろこんで、長吉が江戸へ旅立つ日に、みんなして見送りました。 ところが、江戸にいった長吉は自分より強い者がたくさんいることにびっくりしてけいこもろくにしませんでした。 くる日も、くる日も、けいこもせずに大飯ばかりくらっていたので、親方から破門にされてしまいました。 長吉はいくところもないので、村へかえることにしました。その道中、長吉は村へかえっても、みんなにあわせる顔がないなあと、ふさぎこんでいました。 ところが、そんな長吉も、雄大な富士山の姿にはっとしました。 「おれも、富士山みたいにだれにみられてもはずかしくない立派な相撲取りにならねば、村にはかえれんわい。」 長吉は今までの自分を反省し、江戸にもどっていきました。 そして、両国橋の錣山(しころやま)親方にに入門すると、それは熱心にけいこをはじめました。 長吉はみちがえるほど強くなり、五年後、小柳長吉というしこ名をもらいました。
文政五年の春、とうとう長吉は前の親方であった武隈関と勝負しなくてはならなくなりました。 長吉は、破門にはされたけれど、世話になった親方と相撲を取るのは気がすすみません。そんな時、長吉は村へかえろうとした時、道中で見た富士山を思い出しました。 「そうだ。なにもまようことはないんだ。富士山みたいに正々堂々とやればいい。」 そして、長吉は立派に武隈関を上手投げで負かしました。 長吉はそれからも、もくもくと熱心にけいこをつづけ、文政十年には阿武松緑之介(おおのまつみどりのすけ)と名のるようになり、翌年ついに横綱になりました。 長吉は能登にとって、初めての横綱になりました。 <ミニリンク集> ■能都町 …阿武松緑之介の出身地である、能都町の公式サイト。 ■財団法人日本相撲協会公式 大相撲ホームページ…石川県出身の力士現役では出島 栃乃洋。引退した方では舛田山(現千賀ノ浦親方)、輪島大士(第54代横綱。現在は様々な方面でご活躍中) ■『ヤマト猛(タケ)る!』…七尾市石崎町出身の漫画家 宮下英樹さんの、能登を舞台とする高校相撲の漫画。 ■唐戸山神事相撲 …羽咋市の、2000年の歴史を持つ「水無し・塩無し・待った無し」の神事相撲。9月25日開催。 ■七尾明治記念相撲 … 毎年10月第3日曜日に行われる腕に自信のある猛者が集う大会。小丸山公園内 愛宕山相撲場にて開催。10月19日(日)開催。 ■蓮華山大相撲 …志雄町で500年余りの伝統を誇る大相撲。 応仁年間、越中・加賀・能登の力自慢が年に一度に源平の古戦場となった蓮華山で相撲を始めたのが今に伝えられています。10月17日(金)開催。 |
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