※おことわり このページは2003年1月の掲載当時のもので、現在の状況とは違う場合もあります。
ご了承ください。
ピレリタイヤ、レカロシート、モチュールオイル…
「売れる品」ではなく、「良い品」を売るのがフジイチのポリシー。
"北陸の冬"。加賀平野に強い北風が、重たい雪を抱えて走り込んできます。よこなぐりのミゾレの中で、合羽姿のやや小柄な人は身をかがめ、それこそ黙々とトラックのタイヤのボルトを締めていました。そのひたむきで真剣な後姿は、あまりに多くのことを語りかけているようで、しばし言葉をかけることができませんでした。
これが、私が当社社長に初めてお会いしたときの光景です。(下記■真心との出会い)
■真心との出会い
今から28年前、オイル・ショックによる不況のただ中、一人の青年が赤ん坊を抱いた妻を伴ってこの地に足を踏み入れました。彼にはこれといって知り合いがいるわけでもなく、ましてや地理に明るいはずもありません。知らない土地での夕暮れは、その不安を一層かき立てます。
そろそろ子供にミルクを、と思案し始めた頃、ある人物との出会いが待っていました。それは住む所を見つけようと立ち寄った、あるハウスメーカーの一人の営業員でした。その人は話の一部始終を聞くや否や、まるで自分のことでもあるかのように奔走し始めたのです。それは仕事の域をはるかに超えたものであったそうです。このように、その後の展開の中で彼は幾度となく"人の情"に触れることになります。
重く冷たい雪は、その下に生きる人々の心にあたたかい"情"を育み、またその一方で彼は、人の"真心"の意味がわかるだけの苦労を重ねてもいました。
・・・当社の専務でもある夫人は、目に一杯の懐かしさをたたえて当時のことをお話しくださいました。それはもう20数年前のこととはとても思えません。まさに昨日の事でもあるかのように、鮮明であざやかなお話しなのです。・・・
■夜明け前
福井で祖父、父と自転車修理・販売業を営む家系の7人兄弟の長男として生まれた彼は、自分の将来を主張するまでもなく後継を宿命付けられ、卒業と同時に愛知県のゴムメーカーへ修行にだされました。責任感の強い彼はその性格ゆえに、けなげにも与えられた環境の中でベストをつくしました。
しかし、感性豊かな人は、一つのもの、一つの事からそれは驚くほどの"学び"を得ます。このときの体験がその後の事業の基礎となっていくわけですが、その時は未だ"夜明け"前です。
やがて彼は、そのときの経験から中古品のホイル付タイヤの製品化に成功します。当時、タイヤとホイルは新品・別売りが常識でしたから、顧客はその品質と利便性に魅了されたことは言うまでもありません。ホイルのサビ落とし、中古タイヤの選別と仕入れ、なかなか生産が追いつきませんでした。そんな顧客の笑顔に答える日々の中で、彼はタイヤ・レンタルシステムを考案します。そして、これは後のタイヤ・メインテナンスシステムへと進化していくことになるのです。
このような新製品・新業態開発の一連の流れの中で彼は、ここ加賀の地で顧客への思いを事業化しようと思うようになったのです。
■"親の背中"から学ぶもの
彼には別会社を営む長男がいます。あるとき彼に問うたそうです。「お前は、事業のことでどうしても判断がつかないときはどうするか。」と、するとすぐさま、「お客様にとって何が一番良いかによって決めます。」と、きっぱり答えられたそうです。
■インタビューを終えて・・・
<レポーターからひとこと>
顧客に対する深い思い入れは、当社をして新事業創造へとかり立てます。
大いなる未来を予感させる企業がここにあります。
【レポーター:杉原清雄】