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今回ご紹介する直源醤油は、石川県で使われる醤油の
約7割のシェアを占める大野醤油のなかで、
最も生産量が多い会社です。
その8代目の直江潤一郎さんにお話を伺いました。 |
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※おことわり このページは2002年6月の掲載当時のもので、現在の状況とは違う場合もあります。
ご了承ください。
■江戸時代からの歴史

直源醤油のある大野町は、日本五大醤油産地(野田・竜野・銚子・大野・小豆島)のひとつで現在も27軒の醤油醸造会社が集積しています。大野町の醤油づくりの歴史は古く江戸時代にさかのぼります。3代藩主前田利常が加賀を治めた元和年間(1615〜1624)、直江屋伊兵衛が醤油発祥の地である紀州湯浅で醸造法を学び、大野町に伝えたとされています。
この直江屋伊兵衛の流れをくむのが直源醤油であり、文政8年(1825年)に創業しました。直源醤油の社長は歴代「源兵衛」という名を名のることになっており、現在の直江茂行社長が7代目源兵衛。ですから、潤一郎さんが後を継ぐと8代目源兵衛を名のることになります。
■尊敬するのは祖父
潤一郎さんの祖父、6代目源兵衛は、昭和46年に大野協同組合を設立し、もろみ作りまでを同業者が共同で行う工場を稼動させました。この共同工場によって、大手メーカーの低価格攻勢に対抗することができ、大野町の醤油産地が生き長らえたのだといいます。
しかし、同業者というのは実はライバルでもあるため、このような共同事業は利害が複雑に絡みなかなか実現しないものです。潤一郎さんは、自社の利益より産地全体の利益を優先しこの偉業をなしとげた祖父を尊敬していると言います。祖父6代目源兵衛さんは90歳で既に他界していますが、仕事には厳しくちょっとやそっとではくじけず、孫の潤一郎さんにはやさしいおじいさんだったそうです。
■醤油づくりのこだわり

直源醤油の醤油づくりのこだわりは、材料の吟味から品質管理まで一貫しています。醤油は、大豆と小麦と塩に麹を加え半年以上かけてじっくりと発酵させ手間ひまかけてつくります。
味は伊兵衛の時代から濃い口で香り高く存在感があり、切れや深みでは伊兵衛の時代を超えたと評価されているそうです。しかし、醤油は食卓の主役ではありません。調味料ですから、あくまでも食材の味を引き立たせる脇役。その意味で、一般の方々からは醤油の価値を低く見られてしまいがちなことが残念です。
現在は、醤油を用いた新しい商品開発にも取り組んでいます。丸大豆醤油、昆布入りの醤油、さらに地元の加賀野菜である金時草や源助大根を活かしたドレッシングも開発し販売をはじめました。そこには、食生活の変化に対応し、歴史を大事にしつつも新たな試みにも積極的にチャレンジしている新しい直源醤油の様子がうかがえます。
■おいしい地元産のものをいただく
潤一郎さんは、生まれてから高校卒業までは地元大野町に住んでいました。東京の大学へ行き、名古屋で会社勤めをしてから再び金沢に帰ってきました。
県外での数年間の生活でしみじみ思ったのは、「石川県は何を食べてもうまい」ということでした。「このおいしい食材が豊富な石川県に住むことのありがたさを、地元のみなさんにもっと感じてほしい。地元の食材を地元ならではの味付けで楽しんでもらいたい。そして、世界に誇れる調味料としておいしい醤油とその楽しみ方をアピールしていきたい」と、潤一郎さんは語ってくれました。
■まちづくり、まちなみ保存

大野町ではまちづくり委員会がつくられ「古い町・蔵の再生」を進めています。醤油仕込み蔵の再活用として、ギャラリーと販売コーナーもある喫茶「もろみ蔵」をオープンさせ、運動の核施設にしています。まちなみ保存の動きで、金沢市のこまちなみ保存指定を受けるなど成果も順調にあがっています。
直源醤油はこれら活動にも積極的に参加。直源醤油のホームページでも、大野町のまちなみや風情ある情景がふんだんに紹介されています。この理由について潤一郎さんは、「ホームページでは自社商品の販売もしていますが、そんなに力をいれていません。むしろ地元ゆかりの情報発信の充実を心がけています。そのほうがやりがいもあるし楽しいから」と笑って語ってくれました。
今後、直源醤油の醤油蔵を利用し、地元特産品の販売ルームをオープンの予定です。
■インタビューを終えて・・・
<レポーターから一言>
直源醤油の会社の扉を開けると、ふわぁっとした醤油の芳ばしい香りが漂ってきました。この空気がおいしい醤油を作るんだなぁと妙に納得。8代目源兵衛となる予定の直江潤一郎さんは今年34歳。歴史を大切にしつつも現代感覚にあふれ、営業も開発もこなすオールマイティな好青年でした。今後の活躍が楽しみです。
【レポーター:遠田 幹雄】