
戦後間もない昭和23年、金沢市安江町で産声を上げたブック宮丸。以来58年の歳月を経て、金沢市内に6店舗を構える地元でも有数の書店として確固たる地位を確立し、県外大手資本の書店が進出・撤退を繰り返す中にあって、堅実な商いで着実に業績を伸ばしている。宮本秀夫社長が目指す新しい時代の書店のあり方はいかに。
先代が創業した書店に入社したのは宮本社長が22歳の春。その想いを形にしたのが、平成6年、満を持しての金沢南店(八日市)の出店である。「ほんとにうまくいくだろうか、どきどき冷や冷やしながらつくった店舗だったが、蓋を開けると、私の心配をよそに順調に滑り出した。このことが自信になり、5年後の金沢北店(諸江)の出店につながった」と振り返る。
今後、書店は拡大競争の時代に突入することが分かっていたことから、金沢南店は設計段階から二階建ての店舗としたものの、開店以来2階部分は未使用のままになっている。というのは、建物だけでもかなりの投資だった上に、2階まで使用すると在庫負担も2倍になるため、当時の財務力・運営力を考えて段階を踏んでからの展開をと判断した。だからと言って、2階にテナントを入れた場合は自社で使用できなくなることで競争力が削がれる。その上、一旦入れたテナントを家主の都合で退店願うことも難しいことから、自社としての明確な使い道が決まるまで塩漬けにしてある。
ブック宮丸として特徴を出す必要があるとの考えから、金沢南店(240坪)は、数ある書籍の中から力を入れる部門をコミック、文庫、コンピュータ・ゲーム関係、雑誌に絞り、品揃えを強化することで個性を打ち出した。「金沢南、金沢北の両店舗をやったことで、大きく社内体質が変わった。大きな店舗ほど運営力、管理力が店長をはじめとしたスタッフに備わっていないと、せっかく大きな売り場をつくってもがっかりする店になってしまう。
品揃え、人材育成を店舗運営と同時並行して進めながら今日に至っている」と語る。そこには、社員の努力はもちろんのこと、顧客に育ててもらいながら日々成長してきているとの実感が込められている。最近では書籍のネット販売も伸びているが、本の場合は手にとって中身を確かめて買いたいというニーズが圧倒的に強い。
そうした顧客の立場になると、現物を手に取り吟味して買う本屋がなくなることは考えにくい。とはいえ、当然のことながら規模の競争になってくることから、大きな店舗をつくっていくことが宿命ともいえる。それも、ただ大きくするのではなく、「本業は本屋であることを肝に銘じ、本業をしっかりとやっていきたい」と明言するように、中途半端に手を拡げ、競争力のないものを二つも三つも持つことよりも魅力ある店づくりに意を注ぐ考えを強調する。
店舗運営面では、昔から書店の悩みの種である万引きにも気を配り、全店で防犯カメラを導入している。この問題は青少年への影響も大きく、業界としてICチップを本に埋め込むことなども検討され、一部実験も始まっているが、今後の普及が待たれる。
書籍の場合は商品アイテムが多いだけに、他店との違いを出すことは比較的容易だという。
書店の業界に価格競争が導入されるともっともっと淘汰されていくことが考えられる。アイテム数で当店の2倍も3倍も品揃えが豊富な大型店が出てくれば、顧客がそっちへ流れることは必至で、脅威であることにかわりはない。そうならないためには、ブック宮丸に行けばこの種の本なら必ずあると足を向けてもらえるように、顧客に認知される店に持っていくことがポイント。来店した結果として期待通りの品揃えがなされていればリピーターにもつながる。
さらに、サービス面での社員の資質の向上、取り寄せの便宜をいかに高めるかなどが鍵を握ってくる。「顧客は無駄足を一番嫌うわけで、この本ならブック宮丸だと地域の皆さんに思い浮かべていただける店づくりに邁進していきたい」と地道に歩む覚悟だ。20年前、書籍の年間出版点数は3万点程度だった。それが、現在では7万点を超している。
そんな膨大な商品の中から、自社の店舗に何を並べるか、その選択眼が今後の商いの成否を左右する。金沢北店のスタッフとして日夜奮闘する長男武史氏と二人三脚で目指す「書店を超えた書店」づくりから目が離せない。
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商 号 | (株)ブック宮丸 |
| 創 業 | 昭和23年 | |
| 資本金 | 1,000万円 | |
| 従業員数 | 70名(うちパート55名) | |
| 店舗数 | 6店舗 | |